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特集 尾張名古屋の伝統産業 有松鳴海絞の魅力に迫る!!

葛飾北斎、歌川広重を魅了した東海道一の名産品「有松鳴海絞」。

慶長13年(1608)、江戸や京、お伊勢参りの旅人のために、尾張藩は東海道の鳴海宿と池鯉鮒(知立)宿の間に、間の宿(あいのしゅく)をつくりました。これが有松です。そのとき尾張藩の奨励を受け、知多から有松へ移り住んだのが竹田庄九郎です。庄九郎は、当時国内有数の産地であった知多木綿に目を付け、九州の豊後絞をヒントに新しい絞りの技法(九九利染)を考案しました。彼はそれを手ぬぐいなどにして、往来する旅人に売りました。これが有松鳴海絞の始まりです。

「尾州有松絞店之図」

「有松の町並み」

当時は木綿が庶民に浸透し、衣服革命の真只中。斬新な有松鳴海絞のデザインは、おしゃれなお土産として大人気となりました。以来、旅人が郷里への土産にと、競って絞りの手拭、浴衣などを買い求め、これが東海道一の名産品となりました。その魅力は、葛飾北斎や歌川広重の浮世絵の中でも描かれており、江戸時代の滑稽本『東海道中膝栗毛』でも、主人公の弥次さん・喜多さんが有松鳴海絞を買い求めています。

暮らしの中で、重要無形文化財を身につける贅沢さ。

有松鳴海絞は、江戸時代の初めから現在まで、400年以上の伝統が絶えることなく続いています。絞り染めの伝統的技術がこれだけ蓄積されている所は、全国でも有松ただ一ヶ所。そのため有松鳴海絞は、重要無形文化財記録保存指定や伝統的工芸品産業指定を受けています。絞り染めは、意匠(デザイン)に合せ、糸で括って防染(染料がしみ込まないようにする)をして染めることにより、糸を抜いた時に染まらない部分が白く残り、様々な模様をつくりだす染色です。糸の括り方で何種類もの模様をつくることができます。

有松鳴海絞は、糸を括る技法が100種類にも及び、その数は世界一といわれています。ぜひ一度、有松鳴海絞を手にとって見てください。同じモノが2つと存在しないことに気づくはずです。それは、絞り染めの工程が、昔も今も、まったくの手作業であるためです。さり気なく、美しい。毎日の暮らしの中で、重要無形文化財「有松鳴海絞」を身に着ける贅沢を、お楽しみください。

「巻上げ絞り加工」

名古屋おもてなし武将隊×有松鳴海絞(影師・村瀬 裕)

有松鳴海絞の制作には、図案から糸抜まで16ぐらいの工程があります。その中で名古屋おもてなし武将隊は「図案」を担当しました。一方、武将隊からの提案を受け、その図案を絞り技法で表現したのが、この道39年、影師の村瀬 裕氏です。影師とは、受注を受けてから各作業を裏に回って手配し、一つの商品にまとめるトータルプロデューサー的な役職です。「有松鳴海絞の新しいカタチ」を模索する武将隊。武将隊の無理難題を、豊富な絞り技法で表現する村瀬氏。それはコラボというより、志(こころざし)と匠(たくみ)が激しくぶつかり合ったガチンコ勝負でした。有松鳴海絞はすべて手作業でつくられるので、そこには「人の想い」が存在し、さらに「人の温もり」が感じられます。それが有松鳴海絞の最大の魅力であり、既製品では得られない味わいです。大量生産ができずに皆様にはご迷惑をかけていますが、ぜひこの機会に、武将隊10人+匠の個性をお求めください。

村瀬 裕(影師)

1952年(昭和27年)愛知県東海市生まれ。1972年より名古屋市有松町「鈴三商店」に従事。以来39年間、有松鳴海絞をトータルにプロデュースする影師として、伝統の技法と独特の表現性を守りながら、常に絞りの可能性を追求。絞りの美しさを多くの人々に伝えるべく「国際絞り会議」への参画をはじめ、国内外で幅広く活動を行っている。

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